広報もりやま令和8年1月1日号新春特集 言葉を超える音楽のチカラ「初音の響き」
新春ドリーム対談 マリンバ・打楽器奏者 宮本 妥子さん×津軽三味線奏者 多田智大さん
2026年の幕開け、音楽の世界で活躍する、市内在住の洋楽器と和楽器の演奏家お二人によるスペシャルな対談が実現しました。

宮本さんはマリンバ・打楽器奏者として、すでに国内外で活躍されています。多田さんは、各地で演奏活動をしながら、令和7年にプロへの登竜門といわれる、第43回津軽三味線世界大会で個人A級チャンピオンとなり、今後の活躍が期待されています。
音楽との出会い
宮本 私は静岡県で生まれました。父親はオペラが大好きで、休みの日は大音量で流れていました。母は木琴が大好きで、気づいたら家に大きなマリンバが置かれていました。そうして、姉と私は姉妹でマリンバをやるようになりました。音楽は身近にあって、自然と出会った感じです。
多田 音楽一家だったのですね。僕は周りに音楽がある環境ではなかったけれど、祖母が趣味で三味線(民謡)をやっていました。その発表会についていったりする中で、三味線に興味を持ちました。それが小学1年生の時で、もともと目立ちたがりだから、舞台に出てみたいと思いました。

楽器の魅力
進行 それぞれ楽器の魅力を教えてください。
多田 僕が使っている津軽三味線は、もともと目の見えない人が生きていくお米やお金をもらったりするために門付けの家の前で弾いていたそうです。演奏していると僕自身を飲み込んでしまうような迫力のある「気」も、繊細なすごく我慢して弾く呼吸のような「気」も、先人の生命の音色といってもいいかもしれません。
津軽三味線のような和楽器は、決まった音階はあるけれど、曲や音の使い方が整いきっていないのが特徴であり魅力です。そういうところが日本人の心に刺さるのかなと感じています。
宮本 打楽器は叩けば音が鳴る原始的な楽器です。誰もが叩ける楽器の魅力をどんどん伝えていきたい。マリンバも、もともとはアフリカで木を地面に置いてポンポン叩いていたのが進化した楽器で、西洋音楽の楽器としての歴史はまだ100年くらいしかありません。その原始的な楽器でどれだけきれいな音を出せるかを追求するのが魅力といえます。

演奏活動の近況
宮本 アウトリーチ活動に力を入れていて、これまでに300公演くらいやっています。教室に大きな楽器を持っていって、みんなの息遣いが聞こえるくらいの距離感で音楽を聴いてもらう活動です。私は大好きなマリンバを演奏し続けていて音楽家になりました。なんでも良い、好きなことを思いきり続けてみたら、将来それが職業になるかもしれない。職業にならなかったとしても、それは絶対に人生の糧になる。それを伝えたいと思っています。
多田 滋賀県だけでなく全国で演奏活動をしています。演奏家としてはプロのつもりですが、高校生でもあり大学進学を目指しています。

音楽のチカラ
進行 音楽のチカラを実感することはありますか。
宮本 アウトリーチの公演では、いつも最後に、やなせたかしさんの「光よ」という詩と音楽のコラボレーションを聴いてもらいます。演奏の前には太陽や電球だった「光」が、演奏後には「家族」「夢」「希望」といった心の中にある大切なものに変わっているのです。音楽には優しさやメッセージを伝えるチカラがあると思います。
私はマリンバを初めて半世紀がたちます。これまでに経験した、音楽のチカラを感じるエピソードを3つお話しします。一つはドイツに住んでいた頃、新潟県で演奏会の予定直前に中越地震がありました。道はぐにゃぐにゃ、電柱が倒れたりして、避難所の体育館に行くことになりました。音楽で力になりたいと思っていたけど、こんな時に音を出していいのかなと迷いながら楽器を運びました。そうしたら、子どもがワーって楽器の前に集まって、すごく興味を持ってくれて、演奏してみたらすごく喜んでくれました。子どもが笑っている姿に親御さんや大人も笑顔になってくれて、音楽の力はすごいって実感しました。
二つ目は、ここ守山でのお話。不登校の子たちが集まる場所があって、音楽を通して上を向いてほしいと思い、1年間ワークショップをしました。ある時、学校で演奏会があると知った子どもが、頑張って学校に来て一番後ろで公演を聴いてくれていました。成長して東京でミュージシャンになった子もいました。
三つ目は、大きなホールで演奏会をした後のアンケートで「演奏を聴いて生きる勇気が湧きました」という回答をもらったこと。私自身も勇気をもらえました。音楽には聞く人も奏でる人も励ます力があると感じました。
多田 宮本さんのようなすごい経験ではないけれど、杖をつきながら演奏会に来たおばあちゃんが、腰がピーンとなって、帰りに杖を忘れていったことがあります。とてもうれしかったですね。

演奏活動の苦労
進行 お二人とも音楽で奇跡を起こしたみたいですごいですね。でも、演奏活動を続けていると苦労もあるのではないですか。
宮本 演奏で苦労や緊張はあまりないです。緊張するのは(対談とか)こういうところです。私は人前で話すのが苦手で、だからこそ音に自分のメッセージをこめて伝えたい気持ちがあったので音楽家になったのかなと思うことがあります。
多田 僕は演奏家の経験も長くないけれど、演奏先で「高校生で大丈夫?」という目で見られることはあります。本場青森では関西弁の歌なんて、という目を向けられたことがあります。だから責任感をもって準備をして、高校生でも大丈夫っていってもらえるように準備を重ねる苦労はあるかな。無駄な準備っていわれることもあるけれど。
宮本 私たち音楽家に無駄な準備なんてないですよね。
多田 そうですね。丁寧に責任をもって舞台を作るのは難しいですけれど、ありがたい気づきがあるので苦労とは思いませんね。
宮本 私もドイツに住んでいるときに人種差別的なものも感じることがありました。その時は「だからこそ120%の気持ちで120%の演奏をしなきゃ」と逆に考えました。そうして、演奏が始まって一音出したら、ころっと態度が変わり、内心ほっとしました。音楽ってそういう差別とかも全部とっぱらってしまう力があると思います。あ、音楽のチカラに戻ってしまいましたね。
多田 実は「世界チャンピオン」ていわれると緊張します。トロフィーに歴代の優勝者ペナントがついていて、すごいレジェンドや尊敬している奏者がずらっと並んでいるのを見ると「肩書に泥を塗ったらあかん」と思って緊張します。
宮本 多田さんは嫌っていうけど、努力がないと世界チャンピオンになれなかった。本当に素晴らしいことで、その努力があったからこその「泥を塗ったらいけない」っていう心意気とか志があるのだと思います。

言葉やジャンルを超えてステップアップ
進行 宮本さんは西洋音楽のマリンバ・打楽器奏者、多田さんは津軽三味線奏者ですが、和洋の音楽家の出会いに思うことはありますか。
宮本 マリンバと打楽器のソロリサイタルもしますが、夏に市民ホールで公演した「夏休み最後の想い出コンサート」では、絵本作家・谷口智則さんの『かいじゅうのすむしま』を題材に、朗読、映像、舞踊そして音楽とのコラボレーションをしました。普段は音楽家と一緒のことが多いですけれど、違うジャンルの芸術家ともコラボレーションします。日本でも狂言の流派とか尊敬するくらい所作が美しくて、芸術もジャンルによって表現の仕方が全然違うので本当に勉強になります。マリンバと津軽三味線のコラボもしてみたいな。
多田 できたらうれしいです。僕は和楽器でいうと和太鼓や民謡(歌)、和楽器以外ではピアノとかドラムやハープとも一緒に演奏したことはあります。津軽三味線はとても自由に演奏するので、西洋の音楽理論とかを学ぶ機会がありませんでした。それでも三味線のショーはできるし、いいかなって思っていたこともありました。でもコラボをしたことで「自分は本当に音楽のことを分からない」と実感して、いろいろなジャンルと積極的に共演するようになり、今はチカラをつけているところです。ジャズピアノとの共演は、決まった曲はあっても「二度と同じ演奏はできない」みたいなソウルフルなところが津軽三味線と似ていて面白いです。

演奏活動の喜び
進行 お二人は演奏会であがったり、演奏が終わって疲れたりはしないのですか。
多田 あがるというのはないですけど、普段にないアドレナリンは出ます。わけのわからないテンションの上がり方だったりする。終わった時は信じられないくらい気持ちいいです。
宮本 音楽とほかの芸術との違いは、音はその場で消えていくものということです。だから心の記憶をいかに美しい音で残せるかが大事だと思っています。音楽家の私たちは、一音に魂をこめて伝え、「喜んでくれている」という笑顔や拍手でかえってきた答えがエネルギーになり、その日は幸せで終わるみたいな感じです。
多田 アドレナリン全開でその日は楽しいままで、3日後くらいに疲れがきます。

将来の夢と2026年の抱負
進行 2026年の幕開け、新春の特集ということで、それぞれ将来の夢と2026年の抱負をお聞かせください。
多田 将来は、こういう大きなホールで観客が演奏の気迫を受け取ってくれて、全然違う非日常の違う世界を作れるようなエンターテイナーになりたいです。三味線というたまたま出会ったこの楽器で、楽しいながらもゾッとするような世界を作れる演奏ができたらと思います。
進学しても演奏活動は滋賀で続けていくし、卒業したら必ず守山に戻ってきて、将来は守山に家を建てて定住します。正直、三味線の演奏家なら東京の方が稼げるよ、と勧誘もありますが僕のこだわりです。いつか三味線人口が増えて「滋賀で三味線が盛り上がっている」と言われるくらいになったらいいと思っています。
世界チャンピオンになった後も、守山では演奏の機会がなかったので、2026年は地元守山でコンサートをしたいと思っています。それから、まだソロだけで見せられる自信がないので、勉強のためにも、いろいろな人と一緒に演奏したいと思います。
宮本 守山市は音楽や芸術に特化して、音楽のまちにしようとしている。そこに住んでいる私たちは幸せだなと思う。その力をもらいながら私たちも、音楽で人との交流を深めていけたらいいなと思います。2026年は多田さんと一緒に舞台に立って、お客さんの笑顔や拍手を感じながら、守山から未来へ、守山から世界へ音楽で発信していきたいですね。


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