40 大槻氏城跡

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ページ番号1004834  更新日 令和5年7月26日

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写真:大槻氏城跡外観


大槻氏の居城と伝えられて、現在の大槻家一帯が城跡と想定されます。

木浜の士豪大槻氏は、最初は源頼朝の御家人、次いで室町時代は守護大名六角氏の家臣、信長・秀吉につかえ、江戸時代は藤堂高虎の重臣となりました。

二つの実績が残されています。一つは明応三年大槻源兵衛光兼の時代に、木浜村領内の平林中に坂本日吉大社の十裸師社を勧請したこと(現在、樹下神社、稲荷神社境内に祀る)。もう一つは同じ頃木浜村の田畑に野洲川の水を取り込むため、舟の出入りのできるほど大きい樋ノ口を開発したされています。

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